先週は私の入院やら妻の検査やらで病院通いで、「医療費、半端ないって!」の一週間でした。歳をとるとはこういうことなんだと実感しました。長年の不摂生を反省し、早朝の散歩,、始めました。今朝は雨で中止でしたのでまだ二回ですが、打倒「三日坊主」で気合い入れています。
昨日は2回目で、我が家(山王台麓)→弘明寺観音→大岡川→大井橋→住吉神社→乗蓮寺→南中学→我が家といったルートを歩きました。2時間、6800歩の散歩でした。途中、大岡川で川の砂州の中に青い朝顔が咲いているのを発見しました。「こんな所に人が種を蒔くことはないだろうから、鳥が種を運んだのか、風に飛ばされたかしたのかな」などと思いながら見ていました。朝顔と言えば小学校ではよく観察対象になって 1学期の最終日には、子どもたちが家庭に持って帰り、夏休みには子どもたちが朝の水やりをしている光景をよく見ますが、この朝顔に水をやる人はいません。「自分の力だけで成長し花を咲かせているんだな」などと思うと、ありふれた朝顔にも感動致しました。乗蓮寺、地元では『尼将軍』、あるいは井土ヶ谷幼稚園。私の二人の子たちもここの幼稚園出身です。園長先生(乗蓮寺住職)はとても太っていましたが、何年かに一度、本山(高野山)に修行に行かれるとしまって帰って来られましたが、まだ存命されているのかななど昔が懐かしく思い出されました。

うんちく
この寺は、承久の乱のあと、亡き夫頼朝が深く帰依していた弘明寺観音の近くの地で夫と息子(実朝)の菩提を弔うために政子が創建したものだそうです。寺内には政子お手植えの榧(かや)の木や、政子自らが彫った「北条政子像」、政子が毎朝の化粧のおりに使ったという「化粧の井戸」が残っています。私が子どものころは泥が入った汚い、とても井戸とは言えないものでしたが、今は史跡っぽく保存されています。ちなみに、この井土ヶ谷という地名は周囲を山に囲まれた窪地で、多くの名水がわいていたことからつけられた名前らしいです(新編武蔵風土紀行にも「鎌倉将軍時代村内に清冽の井あり」と記されています)。保土ケ谷から清風高校に至る「いわな坂」の途中にも、政子が使ったとされる「御所台の井戸(政子の井戸)」と言うのが残っています。

もう一つの発見
受験学年として今ひとつ意識の盛り上がりに欠ける中3生の中で、眼が輝きだしな子が現れました。普段はあまり目立たない子ですがここ何週間かの間にキラキラ✨し出しました。とてもうれしい発見です。