今年度から、一部の生徒に個別補講をやっています。゙いきいぎは、言わば「ブラック企業」😱で専任講師の休みは週1回しかありません。休みを当初は設定しても、いつの間にか授業を担当してくれています。だから、補講にまで狩り出すわけもいかず、基本的には私がやっています。やれば、「あの子にもやってあげたい」ときりがなくなり、心を鬼にして厳選しています。頑張れば出来るけど、きっかけを作れない子、集団ではなかなか質問の出来ない子、自信を失っている子、単元によっては集団授業について行けない子、こうした子たちに声をかけて、「そうか!」の言葉を引き出したくて行っています。大半の子は効果が上がっていますが、続けているとやはり慣れが生じたり、個別補講があるからとクラス授業で手抜きになってしまう子も中にはいて、ここに個別補講の難しさがあります。また時間調整も難しく、声をかけても都合のいい曜日や時間を伝えてくれない子もいます。強制的にやっても効果がないので、こちらは、ひたすら待つ身です。これもちょっと悲しい面です。出来るようになりたいという思いが意志として形にならないということなのでしょう。この仕事の難しさの一つでもあります。ただ先日の個別補講での正解を出した時の女子生徒の笑顔、「あのままなら危なかった。ぎりぎりセーフだった」との補講中の生徒のひと言は、やはり頑張るエネルギーになりました。ああした笑顔を見られるのは、この仕事の役得でしょう。

こんな私に感化されたのか、先日、一人の若い講師もスケジュールをぬって補講を始めました。見事に失敗しました。生徒もいやいや来たこともあり、何の感動もないままに終わりました。もう来たくないオーラ満載でした。講師も挫折し落ち込んで帰りました。でもこれも゙いきいぎの素晴らしさです。子どもたちを生き生きさせる指導の陰には、いくつもの講師の落ち込み・悩みがあることが。