今日は「いきいき」の原点をお話します。もう50年近く前のお話です。私は大学を出て初の仕事は、ある保育園でアルバイトでした。当時は就学猶予という制度があり、重度障害児の就学を免除する制度がありました。就学不可能児童を就学対象から外す制度でもあったわけですが、そんな中に徹二もいました。今で言う重度ASD児です。言葉は一切話せません。感情も欲求が満たされない時の怒りだけです。その子を私的契約児でとして受け入れた保育園で私はバイト採用されました。送り迎えと、園での付き添い指導が、私の仕事でした。3カ月ほどした、登園途中、私は一人走り出し物陰に隠れてみたことがありました。彼は私を探し始めました!そして見つからないと悲しそうな顔をしました。かわいそうになって、出ていくと、体をバタバタさせてうれしそうな顔をしました。これが徹二の初めての悲しそうな顔と笑顔でした。その日以来、彼は私の手を離しませんでした。後に聞いた話ですが、私が退職したあと、保育園時代の遠足時の集団写真の私を指差しながら「トリコチ」と何度も言っていたそうです。彼が初めて言えた単語です。「どんな障害児でも、感性に訴えれば、一定程度の改善がある」。この感覚刺激こそが「いきいき」の原点です。この、私の理論は、今や感覚統合、エピジェネティクス理論などの理論として証明されています。この実践理論は障害児だけではありません。多くの生きた生の感覚刺激は様々な問題を抱えた子にも通用する理論です。
私ももう70を過ぎました。若い世代に後を譲る時期が迫ってきました。感覚刺激は理論を頭で理解するだけでは出来ません。指導する側も感性を育てなければならないからです。